情熱の代償

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アフリカでマンゴーを育てる。

遥か昔にJICAのプロジェクトで彼の地へ送られた僕の仕事です。

当時まだ22歳。

働いた経験もない世間知らずの愚か者が、
わずか2年という短い時間で何ができるのか・・・?

年間700人程(確か)が世界中に送られていくのですが、
はっきり言ってその中で僕の仕事の基本技術はほぼ最低ラインだったと思います。

いや。
正直に言うと僕が断然の最下位だったんじゃないですかね?

ついでにいうと常識のなさでは胸を張って最下位だったと断言できます!
(始末書 3枚  強制送還)

そんな僕が唯一向こうでやっていた仕事らしい仕事というのが、
4人の果樹生産者との付き合いでした。

日本という世界の果ての超大国から最新技術を引っ提げて救世主が来るっ!
という大きな期待を抱いていた彼らにとって、
目の前に現れた何もできない無力極まりない若造は、
大いなる失望以外何物でもなかったっと思います。

ただ僕も大学での貴重な4年間をただ無益に過ごしていたわけではありません。
人生の生きる方法を24時間学び続けた学生時代。

アフリカでの農業の現状。
僕の知識と技術。
そして2年という限られた時間。

ここから答えを導きだすことは、
造作もない簡単な作業でした。

「作物をつくる事に関して彼らの力になれることは何一つない!
 彼らと共にすべきことはそれ以外のなにかだ・・・」

瞬時に自分の立ち位置を悟った僕は、
まずは彼らとの信頼関係の構築という仕事から取り掛かりました。

暇があったら会いに行く。これだけ。

最初は自分たちに何ももたらしてくれない人間を、
冷たくあしらっていた彼らですが、
懲りずに何度も何度も笑顔でやってくる男に徐々に態度を軟化。

次第に僕たちの間には言葉も国籍も肌の色も越えた、
かすかな友情が確実に芽生え始めていたのです。

仲良くなるにつれ、
僕自身にも何とか彼らの力になりたいっ!
助けてあげたいっ!
という強い想いが突き上げてきます。

しかし僕には教えられる技術も知識もない。

どうすればいいか・・・?

考え抜いた僕がだした結論は、
彼らが作ったマンゴーの苗を買ってくれる業者を探し出すことでした。

車も何もない彼らですが、
もし大きな街の業者が定期的に車で買い付けに来てくれたなら、
彼らにとってそれは大きな現金収入源になるし、
また大きなモチベーションアップにもなるはず!

そう考えた僕は愛車のDT50で何度も砂漠越えをし、
街の業者を探し続けたのです。

そしてついにある業者から良い感触の返事を貰えました!
よしっ!
これは大きな一歩だ!

ついに僕の頑張りがアフリカ人の助けとなる可能性が出てきたぞ!

しかし・・・。
慣れていないことに熱中するあまり、
もっと大きなことを見渡せない僕は、
この後とんでもない失態をしでかしてしまうのです。

すみません。
長すぎるので。

つづく。

湯布院カントリーロードユースホステル  
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